[ゼロから始めるプロジェクトマネジメント] プロジェクトにおける意思決定 〜人間という絶対的に感情の動物による〜
情報システム室の進地@日比谷です。
プロジェクトマネジメントにおいて、意思決定は日常的に行われています。この機能は本当に必要か、このリスクにどう対応するべきか、この問題の原因究明にどれだけリソースを割くべきか、etc...と、プロジェクトは意思決定(判断)の連続です。
そして、多くの場合、私たちは「できるだけ論理的な判断を」と心がけます。
データを集め、分析し、客観的な判断を下そうとします。
しかし、完全に論理的な意思決定などありえないのです。
なぜなら、人間は感情的になっていない時など一瞬たりともないからです。
この記事では、プロジェクトにおける意思決定について、特にデータと感情のバランスという観点から考えていきます。
意思決定における感情の役割
「感情的になってはいけない」「冷静に判断しよう」
プロジェクトマネージャとして、このような言葉を口にしたり、耳にしたりすることは多いのではないでしょうか。
私が最初にエンジニアとしてアルバイトした時、上司からこんな言葉を贈られました。
「進地くん、絶対に覚えておいた方が良いことがある。それはね、人間は絶対的に感情の動物だということだよ」
この言葉は今でも強く心に残っています。
そもそも「論理と感情を分けて考えることができる」という考え方自体が、一種の信仰のようなものです。
少し冷静に考えてみれば分かることですが、論理的に考えるためには、精神が落ち着いていて、苦痛のない環境が必要です。
つまり、論理的思考は私たちの精神状態、すなわち感情に大きく依存しているのです。
実際、人間の意思決定プロセスにおいて、感情は常に存在し、むしろ重要な役割を果たしています。
例えば、次のような場面で感情は重要な情報を提供してくれます。
- 「このアプローチは危険かもしれない」という直感
- 「このチームメンバーならできるはずだ」という信頼感
- 「前回の失敗を繰り返したくない」という警戒心
これらは全て感情であり、かつ意思決定において重要な情報を提供してくれています。
つまり、感情を「排除すべきもの」として扱うのではなく、「意思決定プロセスの重要な一部」として認識する必要があるのです。
「論理的」であることの落とし穴
興味深いことに、自身を「論理的である」と自認している人ほど、感情との付き合い方が下手な傾向があります。
その最たる例が、論理的ではない意見や人に遭遇した時の「苛立ち」です。
本人は論理的に対応しているつもりでも、実は強い感情(苛立ち)に支配されているにもかかわらず、それに無自覚なのです。
本当に論理的な存在とは、コンピュータのような存在だけです。
コンピュータは論理的でない入力に対して、単純にエラーを返すだけです。
そこには「意見」も「苛立ち」も存在しません。
このことからも分かるように、人間である以上、完全な論理性を追求することは現実的ではありません。
むしろ、感情の存在を認識しつつ、それを意思決定プロセスの中で適切に位置づけることが求められます。
データの役割と限界
「データドリブンな意思決定」という言葉をよく耳にします。
確かにデータは重要です。しかし、ここで一つ重要な事実を指摘しておく必要があります。
データは意思決定を行わない
データは懐中電灯のようなものです。
道を照らしてくれますが、その道を進むかどうかの決断は、結局のところ私たち自身が下さなければなりません。
「もっと調べれば答えが出る」の罠
よく陥りがちなのが、「まだデータが足りない」「もっと調べれば確実な答えが出るはずだ」という考え方です。
しかし、これには二つの問題があります。
- 完璧なデータを待っているうちに、意思決定のタイミングを逃してしまう
- どれだけデータを集めても、未来に対する不確実性は残る
不正確なデータとの付き合い方
現実のプロジェクトでは、完璧なデータを得ることは稀です。
むしろ、データの不確実性を認識した上で、以下のようなアプローチを取ることが重要です。
- データの精度に応じた表現を使う(「約30%」「20-40%の範囲」など)
- データの限界を正直に認める
- データが示唆する方向性を参考にしつつ、経験や直感とのバランスを取る
意思決定の評価について
プロジェクトが完了したとき、私たちは往々にして結果だけを見て意思決定を評価しがちです。
- うまくいった → 良い意思決定だった
- 失敗した → 悪い意思決定だった
しかし、この評価方法には大きな問題があります。
結果論の危険性
プロジェクトの一部が失敗したとして、それが必ずしも悪い意思決定によるものとは限りません。
逆に、良い結果が出たからといって、その意思決定プロセスが適切だったとも限らないのです。
なぜなら、
- 良い意思決定プロセスでも、運悪く望ましくない結果になることがある
- 杜撰な意思決定プロセスでも、運良く良い結果になることがある
ということが周知の通り、現実にはあるからです。
意思決定プロセスを評価する
より建設的なアプローチは、意思決定プロセス自体を評価することです。
例えば以下のような観点を評価します。
- 必要な情報収集は行われたか
- 複数の選択肢が検討されたか
- リスクの分析は適切だったか
- チーム内での合意形成プロセスは健全だったか
- 決定に至るまでの時間は適切だったか
このように、結果だけでなくプロセスを評価することで、次の意思決定に活かせる教訓を得ることができます。
より良い意思決定のために
ここまで、意思決定における論理やデータと感情の関係、そしてプロセス評価の重要性について見てきました。
では、実際にどのように行動すれば良いのでしょうか。
意思決定環境の整備
意思決定が感情に左右される以上、その判断を行う環境は非常に重要な要素となります。
以下のような工夫で、より良い意思決定の場を作ることができます。
- 普段からチームの心理的安全性の向上に努める
- 落ち着いた和やかな雰囲気を作る
- 温かい飲み物を用意する
- 適切なアイスブレイクを行う
- 集中できる環境を整える
- 騒音や邪魔の入らない静かな場所を確保する
- 十分な時間を確保し、余計な割り込みを防ぐ
- タイミングにも配慮する
- 空腹時のシビアな判断は避ける
- 満腹時は油断した判断をしやすいので注意
- 食間が最も冷静な判断がしやすい
- 体調不良時ももちろん避ける
- 睡眠不足時ももちろん絶対に避ける
論理と感情のバランスを取る
まず、論理も感情も、どちらも意思決定に必要な要素として受け入れましょう。
そして、以下のようなアプローチを心がけます。
- 論理やデータが示す客観的な事実を確認する
- チームの感情を可視化し共有する
- 様々な手法があるので、チームに合った方法を選択する(感情グラフ、感情マッピングなど)
- 感情を言語化し、建設的な議論につなげる
- 両者を踏まえた上で、判断を下す
意思決定の透明性を確保する
次に重要なのは、意思決定プロセスの透明性です。
- 判断の根拠となったデータを共有する
- 検討した選択肢とその評価を明確にする
- 各選択肢の長所・短所を一覧表にまとめる
- 採用した選択肢の理由を明記する
- 採用しなかった選択肢の不採用理由も記録する
- 懸念事項や不確実性も隠さず共有する
このように情報を開示することで、チームメンバーの理解と納得を得やすくなります。
また、後の振り返りの際の重要な資料ともなります。
振り返りの習慣化
最後に、定期的な振り返りを行いましょう。
ただし、ここで重要なのは、結果ではなくプロセスを振り返ることです。
結果の振り返りは、往々にして結果論の評価に終始してしまいます。
同じプロセスを繰り返しながら、異なる結果を期待するのは現実的ではありません。
改善の機会があるのは、常にプロセスの方なのです。
以下のような問いかけを通じて、プロセスの改善を目指します。
- より良い情報収集の方法はなかったか
- チーム内の対話は十分だったか
- 時間的な制約は適切だったか
こうした振り返りの積み重ねが、より良い意思決定プロセスの構築につながっていきます。
まとめ
プロジェクトにおける意思決定は、論理(やその根拠となるデータ)と感情の両方を適切に扱うことで、より良いものとなります。
完全な論理性を追求するのではなく、感情の存在を認めた上で、論理とのバランスを取ることが重要です。
また、意思決定を評価する際は、結果ではなくプロセスに注目しましょう。
同じことを繰り返して異なる結果を期待するのではなく、プロセスの改善を通じて、より良い意思決定の仕組みを作り上げていくことが大切です。
結果は時として運に左右されますが、プロセスはコントロールする余地があります。
より良い意思決定プロセスを築き上げることで、プロジェクトの成功確率を着実に高めていきましょう。